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平和と希望。Bon Jovi「2020」レビュー

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  2002年の「Bounce」(9.11テロと、ニューヨークの復興がテーマだった)以来、ボン・ジョヴィは社会問題への考えを音楽で表現するようになった。戦争、人種差別、ホームレス、権利を奪われた人々…。それはジョン・ボン・ジョヴィが社会に恩返しをしたいと感じ始めたからに他ならない。長年にわたって希望とポジティブなメッセージを広めるための手段としてボン・ジョヴィは音楽を利用してきた。そこに、80年代の様な派手なコーラスやブワーンとしたギターサウンドは不要だった。取り分け2013年の「What About Now」以降はサウンドから派手さや華やかさは徐々に取り除かれていった。

当初は5月にリリース予定だったこのアルバムは、もともとはアメリカ大統領選挙という大きなイベントが行われる象徴的な年になることにちなんで「2020」と名付けられたが、始まってみると、2020年はもっと大きな意味を持つ年になっていた。誰も想像できなかったほどに。「社会を意識したアルバム」とジョンが位置付けていたこの作品には、加筆が必要だった。

クレジットを見ての通り、「2020」は事実上ジョン・ボン・ジョヴィのソロアルバムと言っていい。10曲のうち8曲はジョン・ボン・ジョヴィのソロ作曲で、残りの2曲は長年の共同作業者であるジョン・シャンクスとビリー・ファルコンとの共同作曲による。要するにこれはジョンのアルバムであり、つまるところジョンの「発言」である。

発売延期に伴い、追加されたのは「American Reckoning」「Do What You Can」の2曲。「American Reckoning」は、自分が裕福な白人特権の体現者であることを知っているジョンが、ジョージ・フロイドの殺害にインスパイアされた曲。"I'll never know what it's like to walk a mile in his shoes"「彼の気持ちなど、俺には絶対に分かり得ない」という歌詞は重い。奇妙なほど平易で抒情的、深く険しい声で歌われることで、よりそのメッセージと感情はダイレクトに伝わってくる。敬愛するブルース・スプリングスティーンに影響を受けたと思われるアレンジは見事。

 「Do What You Can 」ボーナストラック版では、「Who Says You Can't Go Home」でもデュエットをしたジェニファー・ネットルズが参加している。Covidに正面から向き合い、「Who Says~」以降定番となったカントリーロックスタイルで「ソーシャルディスタンスを保ちつう、今世界はハグを必要としている」と締めくくっている。

緊張感のある "Let It Rain "では、デヴィッド・ブライアンのピアノも冴えわたる。ジョンのソロアルバムと言っていいのだが、オリジナルメンバーのディヴィッドとティコはじめ、フィルX、ヒュー・マクドナルド、エヴェレット・ブラッドリーは長きに渡ってツアーをともにしてきた面々で、この阿吽の呼吸はもはやこのメンバーでしか成り立たないところまで来ている。リッチー・サンボラが戻ってくる穴は、今となっては無いのかもしれないとすら思わせる。

「Beautiful Drug」はあの「Bad medicine」へのオマージュと捉えるべきかもしれない。「Bad medicine」での「Love」は女に夢中になる麻薬だった。30年以上が経った今、「Love」はワクチンが無い中での唯一の治療法。愛、愛、もっと愛を。それがジョンの答えだ。

「Lower the Flag 」は2019年8月に起きたオハイオ州での乱射事件について重厚な低温で歌い上げている。名曲「Dry County」のメロディを想起させるバラード「Blood In The Water」はアメリカを取り巻く移民問題叙事詩に乗せて取り上げている。もちろん、現職大統領を念頭においている。

強く社会的な内容であることを考えると、「2020」はバンドのキャリアの中で最も挑戦的なアルバムと言えるかもしれない。もっと簡単な道、つまり今まで通りの物を求める、ノスタルジーに浸りたいファンが望む物を与えることもできたのだろうが、そうではなく、ジョンは今言うべきことをファンに与えることを選んだ。多くの生死がからむこの年に、パーティーロックを歌うことは「音痴」だとジョンは判断したのだろう。ここにヘアメタル時代のボンジョヴィの姿はない。

ロックを求めているのであれば、「2020」はハードロックでこそ無いものの、ロックサウンドとフォーク、ブルーズの融合、 豊かな曲展開など、聴くべき要素が幾らでも提供されている。過去にしがみつく必要はない。

年老いて賢くなった男が、この世界と折り合いをつけようとしている姿。それが「2020」のジョン・ボン・ジョヴィだ。その言葉は、時に当たり障りのないものであり、時に大胆で挑発的なものでもある。少なくとも彼は、過去の栄光の中に沈んでいくことを良しとしていない。そろそろ、僕らロックファンも成長しないといけない時期なのだ。ボン・ジョヴィが成長しているように。