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世界が変化しているのであれば、変わらない方がいいものもある。 AC/DC「Power Up」レビュー

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 2014年の「Rock Or Bust」をリリースして以来、AC/DCには多くのことが起きた。アルバムのプロモーションツアー中に、バンドの支柱であるマルコム・ヤング認知症のために引退を余儀なくされ、ブライアン・ジョンソンも重度の聴覚障害のために脱退。ドラマーのフィル・ラッドは法的な問題でツアーには参加できず、2016年の最後のコンサートを持って、クリフ・ウィリアムスも引退を表明した。

アンガス・ヤングだけが残され、ツアーを完遂するためにアクセル・ローズの手を借りた。尊敬するバンドのピンチを見て、アクセルは自ら志願したのだ。足を骨折しながらもブライアン・ジョンソンの代役という大役をやってのけた彼はさすがであり、アクセルが救いの手を出していなければあの時点でAC/DCと言うバンドは完全に終わっていただろう。

そこに追い打ちをかけるように2017年、マルコム・ヤングがこの世を去る。ギターケースを片手に葬儀で悲しそうにたたずむアンガスの写真は、AC/DCの終焉を確信させるに充分過ぎる、ロック史上最も悲しい写真だった。しかしこのバンドの創設者の死は、メンバーを再び結び付けることとなった。

ブライアン、フィル、クリフは再び結集し、この17枚目のスタジオ・アルバム「Power Up」を見事に完成させたのだ。マルコムの遺志を継ぐために。全ての楽曲に共同作曲者としてマルコムの名前はクレジットされている。2008年の「Black Ice」の頃マルコムが書いた未使用の素材を一部ベースとしたこの作品は、アルバム全体がマルコム・ヤングへの追悼であるとも言える。40年前の「Back In Black」がボン・スコットへの追悼であったのと同じ様に。誰も聴けるとは思っていなかった12曲の新曲は、新型コロナウイルスアメリカ大統領選挙で世界が混乱に陥っている中でも、この偉大なロックバンドがそこに巨大な岩の様にあり続けるということを改めて証明している。

オープニングの「Realize」の最初の数秒を聴けば、この紆余曲折を経て作られたアルバムがこれまでのAC/DCのアルバムと変わらない、何の変哲もない最高の作品だということが予感できるはずだ。フィル・ラッド、クリフ・ウィリアムス、そしてマルコムの甥っ子スティーヴィー・ヤングのリズム隊の出すサウンドは、他者では真似のできないものであり、ブライアン・ジョンソンのヴォーカルも驚異的だ。「73歳なのに」「聴覚障害を克服したばかりなのに」という但し書きは彼には不要である。

アンガスのブルージーなソロが光る佳曲「Shot In The Dark」が先行シングルとなったが、ブライアンが「先行シングルを決めるのに悩んだ」と言う気持ちも理解できる。これほど優れた楽曲がまとまり良く並んだアルバムは、1990年の「Razor's Edge」にまで遡らないと無いかもしれない。

「Through The Mists Of Time」は恐らくこれまでのAC/DCには無かったスタイルの楽曲だ。メロディアスな音を紡いで作り上げていて、バラード風でもある。アルバムのハイライトの一つであり、新たな名曲の誕生と言っていいだろう。モダンなブルーズとストーンズ風のロックンロールが融合した「Kick You When You're Down」、一度聴いたら忘れられない強烈なリフをフィーチャーした「Demon Fire」、そして新たなアンセム「Code Red」、いずれもAC/DCの歴史に新たに刻まれる素晴らしい楽曲だ。

新型コロナウイルスの流行は、音楽シーンを大きく変えてしまった。コンサート、ツアー、アルバムリリースはことごとく延期され、欧米においては2022年までは集客イベントは厳しいというのが業界の一致した見解であり、AC/DCの今作に伴うツアーも出来たとして2022年になると思われる。

自分たちがどこにいるのか、どこに向かっているのかさえもわからないこの時代において、AC/DCはこれまでと同様の生命力とエネルギーに満ちた堂々たるアルバムを携えて帰ってきた。AC/DCというバンドがなぜ45年間先頭を走り続けてきたか。それはパンク、ディスコ、ニューウェーブ、グラム、スラッシュメタルグランジブリットポップ、テクノ、全ての流行に惑わされることなく、彼らのスタイルを貫き続けてきたからであり、メンバーの死、疫病の流行といった苦難もこの偉大なバンドを打ち砕くことはできない。AC/DCはまだまだ終わっていない。マルコムはこの作品を誇らしく思っているはずである。