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酒、堕落、破滅。エミール・ゾラ「居酒屋」


僕はお酒があまり好きじゃない。

すぐ頭が痛くなるから飲むのもあまり好きじゃない。
本当に仲の良い友達や、尊敬している人、気になる女の子など、心から「この人の話を聞きたい、この人と仲良く過ごしたい」と思わない限り、お酒は別にいらないと思っている。
酔っ払いは嫌いだし、駅のホームに10メートルおきにマーキングされているゲボの跡もウンザリする。
毎日のようにビールの画像をインスタにアップしてる人も嫌いだし(オシャレなやつならともかく部屋で飲んでる缶ビールの写真をあげる人が居るんだが、何を発信したいんだ)、電車の中で缶チューハイを片手に持ってる親父も嫌いだ。迷惑かけてないと思ってるのかもしれないが、酒臭いんだ。
居酒屋の前で12人くらいでたまって「この後どうする?行く人、行かない人〜」みたいになってるサラリーマン男女もジャマだ。大学生くらいなら許す。彼らはそこらへんも含めて勉強中だ。

僕は極端な方だと思うが、そんな酒嫌い、あるいは酒から離れた方がいい人たちにうってつけの小説が「居酒屋」だ。


ゾラの作風は、「自然主義」。

ロマンチックなキラキラとしたおとぎ話のような物語ではなく、リアルな現実社会を切り取ったドキュメンタリーチックな作風ということだ。

人々がどんな暮らしをし、朝から晩まで苦しんで働き、仕事をサボったり、ムシャクシャして行きずりの女や男と寝たり、借金に苦しめられたり、 給料日に調子に乗って泥酔したり、食べ過ぎて後悔したり、急に気分が穏やかになったり、金持ちを妬んだり、見栄を張ったり、が作品の大半を占める。

でもつまるところ、それが人の生活だ。
イケメンに会って嬉しい、別れて悲しい、なんていうのは、生活の中のごく一部に過ぎない。


あらすじ(最後のネタバレは無し)。
主人公のジェルヴェーズは洗濯婦(クリーニング屋)。ランチエと同棲していて、子供も2人いるが、生活がうまくいかない。
若くして駆け落ちしたので、貧乏だ。
ある日ランチエは別の愛人を見つけ、家の財産を根こそぎ持って逃げていってしまう。
ジェルヴェーズは絶望するが、彼女はメンタル強者だった。一人で何とかやっていく、一人で子供たちを育て上げるぞ、と決意する。
しばらくすると、 ブリキ屋のクーポーなる男がジェルヴェーズに惚れる。
結婚しよう結婚しよう、としっこく迫られ結婚する。クーポーは誠実な男だった。
貧しいながらも充実したジェルヴェーズは起業家精神に目覚め、自分の洗濯屋を持ちたいと考え出す。
ここでもう一人、グージェという男が現れる。この男はこの物語における「善」の象徴といえる存在で、働き者、倹約家、ジェルヴェーズに対するプラトニックな愛をささげる。ジェルヴェーズの開業資金も貸してくれる。ジェルヴェーズとグージェとの間には、汚れのない、純粋なロマンスが生まれる。
ジェルヴェーズは無事クリーニング屋を開業。バイトを雇い、新しくナナという女の子も生まれ、順風満帆。
ある日、旦那クーポーが仕事中に屋根から転落して骨折する。クーポーは怪我をいいことに働かずに飲み歩くようになり、徐々に堕落していく。家の金をバンバン使ってしまう。
さらにそこに、元同棲相手のランチエがストーカー的な感じで戻ってきた。
ジェルヴェーズはランチエと寝るようになり、その悪い噂が町中に広まり、客足は遠のく。 徐々にひどく貧乏になっていき、借金地獄に。 ジェルヴェーズ自身も怠惰になり、 少しでも金が入れば酒を飲み、不潔になり、どんどん転落していく。
娘のナナは、母親のジェルヴェーズがランチエと不倫している様子をコッソリ見ていた。彼女は貧乏に耐え兼ね、家出をして金持ちおじさんの愛人として生きていくようになる。
クーポーは重度のアル中になり完全に狂人と化す。
ジェルヴェーズは…。

ここからは読んでのお楽しみ(楽しくねえだろ、どう考えても)。


楽しくない、と書いたが、ゾラの文章は非常に描写が豊かで、読んでてワクワクする(特に食事の準備をするところ)。

またこの時代(19 世紀)のフランス文学の面白いところの一つは、すでに現代の日本と同じ社会システムの多くが存在して、それについて細かい描写がされているところだったりする。銀行、ローン、借金、 破産、担保、 給料日、起業。なんとなく現代とも重ね合わせられるところがあるのは、ここらへんのシステムの根本が変わっていないからだろう。これをシステムごと輸入したのが明治以降の日本だから、当然といえば当然なのかもしれないけど。


ただ、展開はとにかく破滅的で、なかなかに衝撃的な作品だと思う。


前半のジェルヴェーズは熱心に働く。

彼女にとっての「完全な幸福」とは、「一生へとへとになるまで働いて、パンを3食欠かさず食べて、寝る家を持って、子供を育てて、自分の寝床で死ぬ」こと。これはなかなかの名言だと思う。ここでいってる「家を持つ」というのは持ち家とか借家とかそういうことではなく、ただ寝る家を場所を確保する、という意味。大家のボッシュ氏も同様の考えを持っていた。「働くことこそ、すべてに至る道だ。」

しかしそこから酒浸りと性的な堕落により、ジェルヴェーズは転落の一途をたどる。主人公が転落するストーリーは数あれど、ここまで落ちる話はそうそうないだろう。
社会には2番底も3番底もあって、人は状況しだいで誰でもそこに落ちる可能性がある。
時としてそれは運である。
これは現代も変わらないと思うし、だからこそ僕は「自業自得」という言葉があまり好きじゃない。
同じ状況に立たされたら、自分も同じ行動を取るに違いないと思うからだ。


善の象徴はグージェ。
悪の象徴は、作中でちょくちょく言及される、近所のコロンブおやじの居酒屋で稼働している酒の蒸留器だ。

この「居酒屋」は、ある家系を追ったルーゴン・マッカール叢書と呼ばれるシリーズの第7巻。これの続編は、娘のナナが主人公の「ナナ」。ただスターウォーズ的なことでは無く、作品としてのつながりは薄い。



酒について、最近僕は少し気になっていることがある。

3年くらい前、9%のストロングゼロブームが起こった。
ビールより高いアルコール度数、安さ、すぐ酔える、という理由でバカ売れしていた。
今、ストゼロブームは落ち着いたかのように見えるが、実際には他社も9%以上の飲み物を出したので分散しているだけ。

9%というのは、コンビニで変える安酒としてはかなり高い数値だったはずだ。
けど今はプライベートブランドのストロング系、それどころか10%や 11%という商品も出ている。

9%は当たり前になった。
酒のcmもやたら増えた気がする(これは気のせいかもしれない)。

この傾向はこれから加速するような気が僕はしている。

日本は、日本人は、多分これからどんどん貧乏になっていく(ならなきゃいいとは願うけど、どうやらその可能性が高いらしい。)

人生が辛くなれば、安酒の需要は増す。
需要が増せばビジネスチャンスだから、メーカーはどんどん度数が強く、手軽な酒を出すだろう。

もしそんなスパイラルになってくると、この小説のストーリーは示唆的で、いよいよ笑えないものになってくる。
悲観的過ぎるかもしれない。
安酒は体に悪いからやめよう。