アインシュタインは言った。
「なあ、ゲーデル君。僕は君の論文を読んでたまげてしまったよ。不完全性の定理。どんな数学の理論にも、証明も反証も出来ない命題が存在する。こんなことを言ったのは君だけだよ。僕は君を尊敬する。」
ゲーデルは言った。
「アインシュタインさん、分かりました。だからと言って、面接試験にまで来なくてもいいですよ。」
場所はアメリカの移民局。
ナチスドイツからの迫害を恐れて、ゲーデルはアメリカへと亡命したあと、アメリカの市民権を得る為の面接を受けるところだった。
アメリカへ先に移住していたアインシュタインはゲーデルのことが心配になって面接会場に駆けつけたのだった。
「君は天才だ。しかし少々物事を突き詰め過ぎてしまうことがある。面接ではそこに気をつけてくれよ。」
面接官による面接が始まった。
「ゲーデルさん、アメリカがナチスドイツのような独裁国家になる可能性はあると思いますか?」
付き添っているアインシュタインは心の中で叫んだ。
ノーと言ってくれ、ノーと!何も考えず、そんなことはありません、それで面接はパスだ。
しかしゲーデルの答えはそうでは無かった。
「私はアメリカ合衆国憲法をくまなく読んで、そこに致命的な論理の矛盾があることを発見しました。だからアメリカが独裁国家になることは、あり得ます。」
アインシュタインはうなだれた。
この天才がナチスの元に強制送還されてしまったら、それは世界の損失だ。
しかし面接官の口からは意外な言葉が出た。
「もういいです、ゲーデルさん。あなたの功績は私の耳まで届いています。あなたは研究を続けるべき人だ。私は今のあなたの言葉は聞かなかった。ようこそアメリカへ。」
アメリカへ移住した後もゲーデルはアインシュタインと切磋琢磨し、次々と新しい論文を書き上げた。
しかし思い込んだら止まらない彼の性格はエスカレートする。
「僕は命を狙われているかもしれない。なぜなら狙われていないということを決して証明することは出来ないからだ。じゃあ狙う方法は何だ?そうだ、毒殺だ。」
そう思い込んだ彼は、妻が作った料理以外は一切口にしないという生活をした。
悲劇は静かにやってきた。
妻が病に倒れ入院。
家に一人残された彼はみるみる痩せていった。
「自分で作った料理だって毒が含まれていないことは証明できない。だから僕は妻の帰りを待つ。」
飲まず食わずでひたすら論文を書いた。
栄養失調で病院に運ばれた時はもう手遅れ。
彼の体重は29kgにまで落ちていた。
ゲーデルは最期に言った。
「こだわりを捨てたら、それは死ぬことだ。こだわりを貫いて死ぬなら、それでいい。」